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滋賀県大津市堅田に現れたUFO [目撃情報]

昭和50年(1975年)に滋賀県大津市の堅田付近に現れたというUFOの目撃情報。ネット上ではあまり見なくなっているので、ここで改めて整理してみる。

1975年9月5日午後8時40分ごろ(資料によっては8時ごろ)、滋賀県大津市の堅田地区(琵琶湖大橋の西詰、浮御堂の近く)で、琵琶湖上を浮遊する飛行物体が出現。物体は葉巻型の細長い形状で、オレンジ色に光っており、1時間近くも滞空していたという。

堅田にある市営臨湖団地の住民たちがこの飛行物体を目撃した。目撃者は当時団地に住んでいた若い夫婦や自営業者などで、警察や滋賀日日新聞(現在の京都新聞滋賀本社)に通報した。

電話で応対した滋賀日日新聞の記者は「琵琶湖大橋のナトリウム灯の見間違いでは」と確認したが、通報した住民は、物体が浮かんでいるのは橋よりもっと上の方で、ときどき上昇したり横に移動したりしていると説明した。




細長い物体の周辺には3つの1等星ほどの明るさの小型物体が並行して飛んでいたという。その母船と思しき葉巻型の飛行物体には3つの窓らしいものがあった。

やがて母船と小型UFOは音を立てずにゆっくりと上昇し、南東の市街地である浜大津方面へ飛び去った。しかし再び堅田周辺に現れ、また浜大津方面へ飛び去るという飛行を計4回ほど繰り返した。

滋賀日日新聞の記者たちは、浜大津方面へ飛んでくるUFOを待ち構えようと、社屋のビルの屋上にカメラを持って待機していた。すると午後10時ごろ、南東の向かい側にある滋賀県知事公舎の上空にオレンジ色の物体が出現。大きな電灯がつくように葉巻型のUFOが現れたという。

UFOは肉眼ではニワトリの卵ぐらいの大きさで、その10分の1ぐらいの大きさの小型のUFOが下を飛んでいた。記者たちはUFOを撮影。UFOはやがてゆっくりと西の方角へ移動をはじめ、2、3分で記者たちの目の前を横切り、飛び去っていった。全体で30分ほど滞空していたという。

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写真①

滋賀県知事公舎は当時の滋賀県警本部の隣にあり、道路を挟んで向かい側に滋賀日日新聞があった。写真の左に写っているのは県警本部庁舎の屋上の貯水タンクだろうか。この庁舎は現在は取り壊されて県警本部も移転している。




同日に別の撮影者が撮影したという写真。物体はオレンジ色ではなく白色だったというが、やはり細長い形状の物体と、小型船のような発光物が2、3個写っている。

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写真②

このUFOはその後も同年10月にかけて10回近くも出現した。対岸の守山市から目撃した人もいたが、もっとも目撃したのは堅田の臨湖団地の住民で、1度はUFOが湖面近くまで下降してきたため、住民たちで見に行ったこともあった。そのときのUFOの大きさは10メートルほどに見えたという。

滋賀日日新聞で目撃者の証言を整理してみたところ、UFOは滋賀県南東部の三上山の上空に出現し、琵琶湖上空を横切ったのち、南下して大津市南西部の音羽山(滋賀県と京都府の県境)上空で消えることが多かった。

当時の目撃者の氏名を電話帳で調べると、現在も大津市に在住している方が何人かおられる。目撃者には地元の警察官もおり、何らかの飛行物体を複数回、多数の人間が目撃したのはまちがいない。

しかし結局この飛行物体は何だったのか、検証されたという記録はない。特に実害もないし、地元の警察でも「何か飛んでいて騒ぎになってるらしい」で片づけたのだろう。そのうち大津市上空でUFOが目撃されることもなくなり、忘れ去られたようだ。

同じ年の12月には隣県の京都府宇治市でオレンジ色の飛行物体が目撃されているが、同じものかもしれない。

この1975年は日本では他に2月に甲府事件、海外では11月にトラヴィス・ウォルトン事件が起きた年で、話題になったUFO事件が多発した年でもあった。

それだけに「あれ、UFOじゃないか?」という疑念を人々が抱きやすくなっていたのかもしれないが、この大津市の事件のように、UFOファンや天体マニアならともかく、ごく普通の住民が多数UFOを目撃したというのは、少し考えさせられる話ではある。
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